騒ぐ蛹
音を発する虫はたくさんいます。セミやコオロギのオスはメスを獲得するために鳴きます。天敵への威嚇のために音を出すと考えられる昆虫もいます。例えば、カミキリムシは掴まれると胸部を動かしてギリギリと音を出したり、マダガスカルオオゴキブリは触れられるとシューという音を出します。多くの昆虫について、音を発するのは活発に動き回ることができるタイミングだけです。しかし、ナンキンキノカワガは違います。蛹の状態で大音量を発します。
ナンキンキノカワガとは?
ナンキンキノカワガ Gadirtha impingens は、チョウ目コブガ科の昆虫です。国外ではインド北部、中国南部からオーストラリア北部に分布し、国内では本州から九州に生息します。幼虫はシラキやナンキンハゼなどのトウダイグサ科の植物を食べます。
ナンキンキノカワガの蛹が出す音
ギリギリギリギリと聞こえるのがナンキンキノカワガの幼虫が出している音です。機械音のような、かなり大きな音です。一度鳴き始めると10分以上鳴き続けていました。
蛹は尾部の先端を激しく左右に振り、繭のギザギザの部分にこすりつけることで音を出します。まるで楽器のギロのようです。繭から出すと、お尻を振っても音はほとんど出ません。
なんのために音を発するのか
大抵の昆虫は、蛹の時期には移動能力をほとんど持ちません。そのため、土中に隠れたり、周囲の環境と同じような色の蛹をつくったりと、とにかく天敵に見つからないようにひっそりと隠れる戦略を取るものが大半です。ナンキンキノカワガも蛹の時期には木の皮に似せた繭を作り、木の枝の表面にくっつくことで、かなり目立たないようになっています。ところが、なぜかこの大騒ぎです。
音を出す目的については、いくつか可能性が考えられますが、これと言った定説はありません。以下の可能性を3つ挙げます。
1つ目は、この音によって天敵を驚かせるというものです。ただ、ナンキンキノカワガの蛹は一切動くことができないため、天敵が怯むだけでは意味がありません。驚いて逃げてもらわないことには、その効果は発揮されません。
2つ目は、ジキジキという音を出すことで、捕食者の関心を蛹から逸らすというものです。鳥などの捕食者がナンキンキノカワガの蛹を食べようとした際に、この音を出すことで、捕食者の関心を蛹から、(実際には居ない)ジキジキと鳴き始めたキリギリスか何かの昆虫に向けさせることができるかもしれません。ただ、蛹を食べてからジキジキの音源を探すという行動をとられては効果がありません。
3つ目は、蜂や蝿などによる寄生回避です。これについては、音ではなく、その振動が寄生の妨害に役立つものと考えられます。ただ、それほど大きな振動が生じるわけではないので、体サイズが大きい寄生者には効果がないかもしれません。
いずれの仮説も、十分に支持できる情報はなさそうです。蛹が鳴くことの生態学的意義を解明するには、天敵と考えられる生物の行動をつぶさに観察し、鳴くことによって捕食率や寄生率が下がることを示さなければなりません。どなたか、是非この謎に挑んでみてください。