菜の花の周りを舞うモンシロチョウは、多くの人が思い浮かべる日本の春の風景かもしれません。しかし、実は、モンシロチョウは、日本の在来生物ではありません。他の昆虫とは、異なる好みを獲得したために、モンシロチョウは世界各地に広がる生物になりました。今回は、そんな変わり者、モンシロチョウのお話です。
毒を食べる幼虫
モンシロチョウの幼虫の食べ物といえば、キャベツを想像する人は多いのではないでしょうか。キャベツは、アブラナ科の植物であり、アブラナ科の植物は他に、ダイコンやブロッコリーなどがあります。アブラナ科の植物は、カラシ油配糖体を持っていることが多く、植物が損傷すると、カラシ油配糖体からカラシ油が生じます。このカラシ油が、大根やわさびのツンとした辛味です。このカラシ油は、ヒトにとっては、無害なのですが、多くの昆虫にとっては、毒になります。この毒を解毒できるようになったのが、モンシロチョウです。つまり、モンシロチョウは、多くの昆虫が食べ物にできない植物を食べられるようになったため、アブラナ科の植物を独占できるようになったのです。
ヒトがアブラナ科の植物が好きだったという幸運
もう一つ、モンシロチョウの分布拡大にとって非常に幸運だったことがあります。それは、ヒトにとってもアブラナ科の植物が非常に有用な食べ物であったことです。そのため、世界各国にアブラナ科の植物が栽培されました。モンシロチョウは、幼虫の餌資源かつ、成虫の蜜源ともなるアブラナ科の植物の栽培場所がヒトによって世界的に拡大されるのに伴って、分布域を広げることに成功しました。日本にモンシロチョウが入ったのは、奈良時代に大根が栽培されるようになった時だと言われています。
なぜ、キャベツはモンシロチョウの幼虫によって穴だらけになるのか
家庭菜園をされている方は、感じたことがあるかもしれませんが、モンシロチョウによって食べられたキャベツや白菜は、異様に穴だらけになることが多いです。単純にたくさんの幼虫が一つのキャベツにくっついているのだろうなぁとしか思っていなかったのですが、どうやら、他に理由があるようです。その理由とは、、、モンシロチョウの幼虫は驚くほどに大食いなのです。モンシロチョウは他のチョウの幼虫と比べても、成長速度が早く、一日で、体を2倍の大きさに増やすこともあるようです。早く成長するために、モリモリ食べるため、キャベツは一瞬のうちに穴だらけになってしまうのです。モンシロチョウの幼虫は、緑色の保護色をしている以外は、トゲも毒もなく、鳥や捕食性の昆虫にとっては比較的食べやすい餌資源です。そのような危険な幼虫の期間をできるだけ短くするために、たくさん食べて早く成長するのだと考えられます。
モンシロチョウの幼虫を襲う寄生者
モンシロチョウの幼虫を狙うのは、捕食性の動物だけではありません。寄生者にとってもモンシロチョウの幼虫は格好のターゲットです。モンシロチョウの幼虫を育てたことがある人はご存知かもしれませんが、モンシロチョウの幼虫が無事にサナギになることは、それほど多くはありません。そろそろサナギになるかというタイミングで、幼虫のお腹を破って何十個もの黄色い繭が出てくることがよくあります。これは、モンシロチョウの幼虫に寄生したアオムシサムライコマユバチの繭です。アオムシサムライコマユバチは、約80個もの卵をモンシロチョウの幼虫に産み付け、14日ほど生きたモンシロチョウの体内で成長し、最後は腹を破って繭を作ります。その寄生率は、50%から多いときには90%とも言われ、かなり高頻度で寄生するようです。キャベツは、モンシロチョウにかじられると、特有の揮発物質を出します。アオムシサムライコマユバチは、その揮発物質を感知して、モンシロチョウを見つけます。キャベツがモンシロチョウの天敵を呼ぶのです。つまり、モンシロチョウにとっては、食べることそのものが自分の存在を天敵に知らせる危険な行為なのです。
やっと来た春を謳歌するようにひらひらと舞うモンシロチョウは、多くの試練を乗り越えて日本で生きているようです。