哺乳動物によって植物の種子が散布されることは、よく知られています。例えば、カキはタヌキに食べられ、種は糞とともに排出されることで運ばれます。ドングリはリスやネズミによって運ばれ、一部食べ残されたものが発芽します。もっと小さな種子を作る植物の中には、もっと小さな動物、例えば昆虫に運ばれるものがあります。今回は、前回に引き続き、アリに種子を運ばれるコニシキソウのお話です。
アリはどのようにしてコニシキソウの種子を散布するのか。
コニシキソウの種子を散布するアリは、少なくともオオズアリとトビイロシワアリという二種がいることがわかっています。この二種で主となる散布形式は異なると推測されています。
オオズアリは、巣に持ち帰った種子の多くを貯蔵室に保管し、食べてしまいます。しかし、巣に持ち帰るまでに他のアリにぶつかって落としたり、風に吹かれて何処に行ったかわからなくなったり、まっすぐ巣に戻らずにどこかに落としてきたりと、一度移動させた種子を巣に持ち帰ること無く紛失することが多々あります。オオズアリによる種子は主にこの紛失よるものであると考えられます。一方、トビイロシワアリは種子を掴むとまっすぐ巣に向かうことが多く、あまり紛失はしませんが、一度巣の中に搬入した種子の60%ほどを巣の入り口付近に捨てます。これによって種子が散布されます。
どうしてトビイロシワアリは種子を食べずに捨てるのか。
アリに種子散布を頼る植物の中には、スミレやカタクリのように、種にエライオソームと呼ばれる主に脂肪でできた誘引物をもつものがあります。アリは種子を巣に運び、エライオソームだけを食べて種子を外に捨てます。コニシキソウの種子にはエライオソームはついていません。しかし、種子の表面には糖でできた物質がついており、トビイロシワアリはこの糖を舐めにやって来ることが明らかになっています。オオズアリは種子も食べることができますが、トビイロシワアリは表面にある糖だけを目的に巣に種子を運び込んでいると考えられます。
アリに種子を運んでもらうことのメリット
アリを種子散布者にすることは、種子散布してもらうこと以外にもメリットがあります。コニシキソウの種子は、カメムシによって食害を受けます。食害を受けた種子は発芽率が下がります。アリが訪れるコニシキソウでは、カメムシが種子を採食する時間が減少したという研究結果が報告されています。アリが植物上にいるときにカメムシが同時にいることが観察されるのは稀であり、低頻度ですがアリが、カメムシの幼虫を攻撃し、巣に持ち帰ることもあるようです。また、トビイロシワアリはカメムシによって吸汁されて軽くなった種子を残し、健全な種子を選んで運ぶため、健全な種子が効率よく散布されます。また、トビイロシワアリが巣内に運んだ種子の発芽率は、アリが関与しなかった種子よりも高く、種子の表面の物質が剥がされることで発芽が促進されている可能性があります。
参考文献
小林 義浩(2009). コニシキソウにおけるアリによる種子散布の意義とアリにとっての種子の価値, 鹿児島大学学位論文