リスは硬い殻に覆われたクルミやドングリの実をカリカリかじって食べます。食べられてしまった種子は発芽の機会を失うことになります。しかし、植物にとってリスは単なる招かれざる客というわけではありません。というのは、リスは食べきれなかった種子を貯蔵するのですが、忘れてしまうことがあるからです。忘れ去られた種子は発芽して成長するチャンスを得ることができます。このような散布形式を貯蔵散布と言います。今回は、ニホンリスによるオニグルミの貯蔵散布に関する研究(田村 1997)を紹介します。
調査方法
発信機を取り付けた100個のオニグルミの実を餌台に置くことによって、ニホンリスの貯食行動が調査されました。調査地は東京八王子で、調査期間は1992年の9月から1993年の5月です。なお、オニグルミの実は、硬い殻に覆われており、本州でこの実を食べることができるのは、アカネズミとニホンリスだけだと考えられています。
貯食された種子の数
100個のオニグルミの果実のうち、35個がニホンリスによって5個がアカネズミよってすぐに食べられました。残る60個のオニグルミがニホンリスによって貯食されました。
種子の移動距離
ニホンリスは、樹上の枝の間もしくは地上に種子を隠しました。樹上貯食では平均20.7m、地上貯食では平均16.1m餌台から離れた場所に種子を運びました。餌台から最も近く運ばれたものでは1m、最も遠く運ばれたものは62mでした。一般的なリスの仲間が実を運ぶ距離も、10-30mと言われています。また、種子は1個ずつ別々のところに運ばれました。
貯食された60個のオニグルミのうち、8個は1回、4個は2回〜4回再度別の場所に運ばれました。4回運ばれたものの中には、最終的に餌台から110m離れたところに運ばれたものもありました。
発芽の機会を得た種子の割合
貯食された60個の種子のうち、ニホンリスによって食べられたのが38個、アカネズミによって食べられたのが15個でした。つまり、残りの7個(貯食された種子の12%)がニホンリスによって忘れ去られ、アカネズミにも発見されずに5月まで放置され、発芽の機会を得ました。この7個のうち、3個が地上貯食されたもので、4個が樹上貯食されたものが落下したものでした。
なお、樹上貯食されたものはニホンリスによって82%が回収されましたが、地上貯食されたものはニホンリスによって回収されたものが47%、アカネズミによって盗まれたものが44%もあり、地上貯食はアカネズミによって盗まれる率が高いようです。
貯食された種子はいつ食べられるのか。
貯食後10日以内で30%が食べられ、1ヶ月以内に57%、2ヶ月以内に80%が食べられました。別の場所で行われた研究では、1ヶ月で80%食べられることもあり、その環境の餌資源量によって食べられる速さは異なると考えられます。
オニグルミがニホンリスに種子散布されることの意義
オニグルミは、隣り合う個体の陰になるとすぐに枯れてしまうため、高密度に発芽すると多くの個体が死んでしまうようです。また、クルミ類は10m前後の植栽間隔が必要と言われています。ニホンリスは一個ずつ異なる場所にオニグルミの種子を運ぶため、種子が高密度に発芽することが防げられます。また、手を加えなければ自ずと低い位置に移動してしまう(転がってしまう)種子を、斜面上部へ運ぶことにもリスが貢献しています。
[参考文献]
田村典子. ニホ ンリスによるオニ グル ミ種子の貯食および分散. 霊長類研究. 1997;13:129-135.