冬の期間は、昆虫を見る機会がめっきり少なくなります。というのも、冬季は多くの昆虫にとって活動するには気温が低すぎたりするため、卵や蛹の状態で越冬したり、成虫で越冬する昆虫も木の洞や石の間などでじっとしていることが多いからです。
しかし、雪の上で元気に動き回る変わった昆虫もいます。今回はセッケイカワゲラのお話です。
セッケイカワゲラとは?
カワゲラ目クロカワゲラ科セッケイカワゲラ属の全種、もしくは、セッケイカワゲラ属の一種であるEocapnia nivalisにつけられた名前です。成虫の体長は1cmほどで、翅は無いか、有ったとしても痕跡のみです。
セッケイカワゲラの生活史
セッケイカワゲラは春に卵を生み、卵から孵った幼虫は、夏でも10℃ほどの川底で夏眠します。幼虫は水中の沈んだ落ち葉を食べて成長し、成虫になると地上に出ます。京都の北部に位置する芦生で行われた観察によると、セッケイカワゲラは晩秋に仮眠を解き、1月末頃に終齢幼虫になり、2月末までに羽化をして成虫になります。終齢幼虫への移行と羽化は水温が4度前後の時期に起こります。つまり、セッケイカワゲラは夏に寝て冬に活動するという普通の昆虫とは逆の生活史を持っています。ちなみに、高山では夏季に雪渓上で見つかっています。
どれくらいの気温でも動けるの?
成虫は日中に活動します。芦生での研究では、気温が−4℃から10℃、雪温が−3℃から1℃のときに活動していることが確認されています。別の研究では、-10℃〜+10℃の範囲で活動することが観察されています。一方、高温に弱いためか、人の手に乗せると死んでしまいます。
雪の上で何をしているの?
雪の中の藻類や、原生動物を捕食していると考えられています。成虫は飛翔能力を持たないので雪の上を歩き回りますが、体長1cmほどしかないため、移動速度はそれほど早くありません。一般的なカワゲラの仲間の成虫は、数日から2週間ほどしか生きられないのに対し、セッケイカワゲラの成虫は数ヶ月間雪上で過ごし、その間に性成熟します。
この地上での数ヶ月間には、性成熟することに加えてもう一つ意味があります。それは、川の上流に向かうことです。幼虫時代に、川の水流により下流へ流されるため、成虫として地上に出てくる場所は卵が産み付けられた場所から下流の場所です。卵を産み付ける際に上流まで遡らなければ、その種の生息域は世代を追うごとに下流に移動してしまいます。実際に、セッケイカワゲラが雪の上を上流に向かって歩くことが観察されています。また移動の方向は太陽コンパスで定めていることが明らかになっており、太陽の光を鏡で反射させて逆方向から当てると、逆向きに移動を始めるようです。また、傾斜も上流方向を知る手がかりにしているようです。セッケイカワゲラは、この上流への旅を歩行のみで行うため、成虫の期間が他のカワゲラの仲間よりも遥かに長い数ヶ月にも及ぶと考えられています。
[参考]
https://www.nttcom.co.jp/comzine/no016/wise/index.html
萩原, 薫. 芦生演習林におけるセッケイカワゲラ Eocapnia nivalis (UENO) : 特に積雪期を中心に. 昆蟲. 1977;45:421-430.