前々回と前回、ホトケノザのちょっと変わった種子生産についてのお話をしました。ホトケノザは、種子散布についても他の多くの植物と異なる仕組みを持っています。
種子散布をアリに頼るホトケノザ
ホトケノザはアリに種子を運んでもらうことが知られています。少なくとも西日本では普通種であるトビイロシワアリがホトケノザの種子を散布することが報告されています。現在の日本では、ホトケノザは個体間の送粉については達成するのが難しいと考えられる一方、種子についてはその散布者を獲得するのは容易であると考えられます。
アリはホトケノザの種子の何を食べるのか。
植物は鳥や哺乳動物に種子散布してもらうために、果実に果肉をつけるものがあります。サクランボやリンゴ、カキなど私達が普通果物として食べているものの多くが果肉をつける果実です。アリに種子散布をしてもらうホトケノザも同様に、アリの報酬となる特別な部位が種子に付属しています。その特別な部位はエライオソームと呼ばれます。
エライオソームは、脂肪酸、アミノ酸、糖を含み、アリは好んでエライオソームだけを食べ、残りの種子の部分を捨てます。ホトケノザのエライオソームを食べる生物は、他にもゴミムシやダンゴムシ、ナメクジが知られていますが、これらの生物はエライオソームをその場で食べてしまうため種子散布に貢献しません。一方、アリはエライオソームをその場で種子から剥がして食べるのではなく、一度巣に持ち帰ります。その後、巣の中に放置したり、エライオソームだけを食べて巣の周辺に捨てたりする習性をもっています。この行動によって、アリは植物の種子散布に貢献します。
運んで欲しい開放花の種子とそこまででもない閉鎖花の種子
ホトケノザは、開放花と閉鎖花の両方をつける植物です。開放花の方は有性生殖をするため、できた種子は親株と異なった遺伝子のセットを持っています。一方、閉鎖花は自殖でできた種子であるため、親株由来の遺伝子のセットしか持っていません。そのため、閉鎖花からできた種子は、開放花からできた種子よりも親株が育った環境と同様の環境で生育するのに適した形質をもっている可能性が高いです。このことから、閉鎖花の種子は、開放花の種子と比較して遠くに散布されることによる利益は小さい可能性が高いと考えられます。ホトケノザは、開放花の種子にはエライオソームをたくさんつけ、閉鎖花の種子には少ししかつけないことがわかっており、トビイロシワアリは閉鎖花に比べ開放花の種子を速く持ち去ることが明らかになっています。つまり、アリに対する報酬(エライオソーム)の量を調節することにより、種子の散布距離をコントロールしている可能性があるのです。
[参考文献]
眞寺西, 直藤原, 万祐子白神, 賢北條, 亮平山岡, 信彦鈴木, and 貴和湯本. 2004. 開放花・閉鎖花を同時につけるホトケノザ種子の表面成分とアリによる種子散布行動. In 第51回日本生態学会大会講演要旨. 日本生態学会. doi:10.14848/ESJ.ESJ51.0.482.0. URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/esj/ESJ51/0/ESJ51_0_482/_article/-char/ja/ .