ノコギリクワガタ、立派なのとしょぼしょぼなのと
ノコギリクワガタは個体数が多く、クワガタやカブトムシを取りに行くと最もよく取れる種の一つです。見つけたノコギリクワガタが立派かしょぼしょぼかで一喜一憂する方も多いのではないでしょうか。今回は、ノコギリクワガタのオスの多型についてのお話です。
この記事の目次
大顎の形状で分類されるノコギリクワガタ
ノコギリクワガタは、大顎の形状より、長歯型(大顎が湾曲する)、両歯型(長歯型と原歯型の中間)、原歯型(大顎が湾曲せず、内歯が均一)の3つに分けられます。この形状は、体サイズと強く相関し、体サイズが大きいものが長歯型、小さくなるにつれて両歯型、原歯型になります。
大顎の形状(体サイズ)は何によって決まるのか
大顎の形状と体サイズについて、ノコギリクワガタProsopocoilus inclinatusと同様に大顎の形状により3つの型に分類されるオキナワノコギリクワガタProsopocoilus dissimilis subsp. okinawanus で詳細な研究が行われました。その研究によると父親の体サイズとその子供の体サイズには、相関が見られなかったことから、大きな父親から大きな子供が生まれるわけではないようです。また、飼育環境を揃えて飼育しても長歯型から原歯型まで生まれたことから、幼虫の生育環境のみで型が決定されるわけでもないようです。
なぜ大きいものと小さいものが存在するのか
上記のように、単純に幼虫期の栄養状態によってノコギリクワガタの大顎の形状とそれに相関する体サイズが決定されるわけではないことから、体も顎も小さいオスが維持されるのには、何らかの進化的背景がある可能性があります。つまり、小さいオスには小さいオスなりのメリットがあると考えられます。オキナワノコギリクワガタで行われた研究結果をもとに、以下に大きなオスと小さなオスのメリットとデメリットを列挙します。
長歯型のメリット&デメリット
[メリット]
・餌場を独占できる。
・交尾相手を得やすい。
[デメリット]
・幼虫の期間が長く、羽化するのが卵が産み付けられてから1年後の9月頃(メスが少ない季節)になるため、その年は地表に出ずに地中で成虫越冬する。地上で活動できるのは、次の夏になる。成虫になって地上に出るまでの時間が長いため、交尾前に捕食されるなどの死亡リスクが高くなる。
・成虫になると、闘争する機会が多いため、怪我をすることも多く、短命の傾向がある。
原歯型のメリット&デメリット
[メリット]
・成虫になり地上に出るまでの期間が短い(長歯型に比べ約1年短い)ため、交尾前の死亡リスクが低い。
・戦っても負けやすいため、基本的に闘争せずに逃げる。そのため、怪我を負うリスクが少なく成虫になってからの寿命が長い。
[デメリット]
・長歯型には負けるため、採餌や交尾の際に邪魔をされる。
[デメリットの回避策]
・メスは少ないが長歯型のオス成虫がまだ出現していない6月頃や、長歯型がほとんどいなくなる9月頃に出現して交尾をする個体もいる。
長歯型、原歯型それぞれの戦略
つまり長歯型は、ハイリスク・ハイリターン(交尾前の死亡率が高い上、戦いで負傷しやすく寿命が短いが、餌場で強く、メスを獲得しやすい)、原歯型は、ローリスク・ローリターン(交尾前の死亡率が低い上、戦いで負傷しにくいが、餌場やメスの取り合いで負ける)の戦略をとっているといえます。成虫の期間だけみると、長歯型は短期戦型、原歯型は長期戦型とも言えます。
ノコギリクワガタでは、どちらか一方の戦略がもう一つの戦略に対して、明らかに有利であるというわけではないため、どちらの形質も維持されてきたのだと考えられます。なお、両歯型は、長歯型、原歯型の中間的な戦略をとっていると考えられています。
【参考文献】
塩川 太郎. (2001). オキナワノコギリクワガタ(Prosopocoilus dissimilis okinawanus Nomuru)の大顎多型と繁殖成功に関する研究. 鹿児島大学大学院連合農学研究科博士論文.