一見何の関係もなさそうな生き物同士が、実は相互に大きな影響を与えている、生態学者はときにそんな発見をします。ハリガネムシが、カマドウマに寄生して行動を操作することが、川の生態系を変化させるほどインパクトをもたらすことが、近年の研究で明らかになりました。今回は、そんな思いもよらない、ハリガネムシと川の生き物との関係についてのお話です。
ハリガネムシとは?
ハリガネムシは、よく秋頃にパンパンに膨らんだカマキリのお腹から出てくる数cmから数十cmの長さの寄生虫です。ハリガネムシは、ハリガネムシ目に属する生物の総称であり、世界で300種以上、日本では、14種が記載されています。ハリガネムシは、カマキリだけではなく、コオロギやカマドウマなどにも寄生します。ハリガネムシの生活史
水中で交尾、産卵し、幼生はカゲロウやトビケラの幼虫に食べられることによって、それらの水生昆虫(待機宿主)の中にまず入ります。水生昆虫の体内で、ハリガネムシはシストと呼ばれる厚い膜を被った休眠状態になります。それらの水生昆虫が、成虫になって陸上に上がり、カマドウマやカマキリなどに食べられることによって、ハリガネムシのシストは、カマドウマやカマキリ(終宿主)の体内に取り入れられます。ハリガネムシに寄生されたカマドウマやカマキリは、行動が操作され、結果的に、それらの虫は川に飛び込みます。ハリガネムシに寄生され、水に飛び込もうとしているカマドウマやカマキリの脳内では、ハリガネムシが作ったと考えられる特有のタンパク質が、いくつか発現していることが確認されています。ハリガネムシは、川に落ちたカマドウマやカマキリのお腹から、すぐさま脱出し、水中で交尾、産卵を行います。
ハリガネムシはどのように河川生態系に影響を与えるのか?
ハリガネムシが、カマドウマやカマキリなどの陸上昆虫に寄生し、水中に飛び込ませることによって、通常は、陸上で死んだり捕食される陸生昆虫が水生生物に捕食されることになります。驚くべきことは、その餌資源としてのカマドウマの寄与が、極めて大きいということです。ハリガネムシに操られ、川に飛び込んだカマドウマは、アマゴなどの渓流魚に食べられます。研究によると、カマドウマが水に飛び込む3ヶ月ほどの間、それらの魚が食物から得る総エネルギー量の9割以上がカマドウマであり、魚はちょうどその時期にエネルギーを最も多く得るため、年間の摂取エネルギー量を考えてもカマドウマだけから6割もエネルギーを得ているという計算になるようです(Sato et al. 2011)。ハリガネムシの寄生によって、カマドウマが水中にたくさん飛び込み、魚の餌が増える、というところで話は終わりません。実験的にカマドウマが川に飛び込むのを抑制したところ、魚は水生昆虫をたくさん食べるようになりました。魚の捕食により、藻類を食べる水生昆虫が減少したことにより、水中の藻類が増え、また、落葉を破砕する水生昆虫の減少により落葉の分解速度(破砕速度)が遅くなる傾向があるということが明らかになりました(Sato et al. 2012)。これらのことから、カマドウマへのハリガネムシの寄生が川の生態系に大きな影響を与えていることが明らかになりました。ハリガネムシが河川生態系に与える効果を示した一連の研究は、ある一種の小さな生物が、他の様々な生物に大きな影響を及ぼすことで、実は生態系に多大な影響を与えていることを示す、生態学的に非常に面白い例といえます。同時に、ある種を減少や絶滅させたときの生態系に対するインパクトは、計り知れないということを物語っています。
引用文献:
Sato, T., Watanabe, K., Kanaiwa, M., Niizuma, Y., Harada, Y., & Lafferty, K. D. (2011). Nematomorph parasites drive energy flow through a riparian ecosystem. Ecology, 92, 201–207.
Sato, T., Egusa, T., Fukushima, K., Oda, T., Ohte, N., Tokuchi, N., … Lafferty, K. D. (2012). Nematomorph parasites indirectly alter the food web and ecosystem function of streams through behavioural manipulation of their cricket hosts. Ecology Letters, 15, 786–793.