どうしてスギ、ヒノキの花粉が大量に飛ぶようになったのか。

2020年3月17日 ALL生物
スギの雄花 (ふうけ / CC BY-SA (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/))

前回は、スギとヒノキの特徴についてお話しました。今回は、どうしてスギ・ヒノキの花粉症が日本でこれほども多くの人を悩ませるようになったのかについてお話したいと思います。

花粉の飛散量は、何で決まるのか。

スギは、2-4月頃に花を咲かせ花粉を放出します。ヒノキは、スギよりは1ヶ月ほど遅く、3-5月に花を咲かせます。スギ花粉症とヒノキ花粉症は併発することが多いため、スギ、ヒノキ合わせて約3-4ヶ月の間、花粉症の症状に悩まされることも少なくありません。

スギについては、花粉の放出量と気候についての研究報告があり、前年の7月の平均気温が高い、または日射量が多く降水量が少ないと翌年の春の花粉量が増える傾向があることが指摘されています。また、スギの雄花生産量が少ない年の次の年は、雄花生産量が増加する、というデータもあります。つまり、前年の7月の条件が良くても、前年の花粉生産量が多い場合には、花粉の生産量が抑えられるという傾向があるようです。

どうして、近年、花粉症の人が多くなったのか。

今や花粉症を知らない人は、日本にはほとんどいないと思われますが、花粉症が始めて報告されたのは、1964年の論文であり、意外と最近です。その後、1970年頃から、花粉症の患者が急増し始めました。日本は、3779万ヘクタールの国土の約7割にあたる2505万ヘクタールが森林です。人工林が1020万ヘクタールで日本の森林の約4割をしめます。人工林のうちスギ・ヒノキ林が7割をしめます。スギ人工林の面積は、448万haで日本の全森林面積の18%、ヒノキの人工林は、260万haで日本の全森林面積の10%です。日本にあるスギやヒノキは、戦後の拡大造林政策(1960年代~90年代)の影響もあり、1940-80年代頃に植林されたものが大半を占めます。スギが花粉を本格的に飛ばし始めるのは、植えてから約30年後です。つまり、植えてから30年のタイムラグを経て、1940年頃に植えられた木が、1970年頃から花粉を生産し始め、これまでにはなかった勢いで年々花粉の飛散量を増してきた考えられます。最も多く、スギ・ヒノキが植えられたのは、1960年頃であり、今から30年前の1990年頃には新たに植えられる面積は非常に少なくなったので、現在新たに花粉を生産し始める木は、20-30年前と比べ随分少なくなったとはいえます。しかし、スギ、ヒノキの寿命は何百年もあります。また、少なくともスギは、樹齢50年になるまでは年々花粉の生産量を増やし、その後花粉の生産量は、横ばいになると言われています。つまり、1970年代以降に植えられた木は、まだ年々花粉生産量を増やしており、それ以前に植えられた木に関しても老齢による花粉生産量の減少は期待できません。

花粉飛散量を減らすにはどうしたら良いのか。

花粉飛散量を減らすには、少なくとも今のところは、伐採するしかありません。しかし、なかなか伐採は進みません。1964年の木材の輸入の自由化に伴い、外国産の材が安価に手に入るようになりました。その結果、高価な国産材の需要が小さくなり、スギ、ヒノキの人工林が管理されなくなってきました。また、伐採した跡地は、放置すれば自然災害につながるため、また樹木を植林しなくてはなりません。スギ、ヒノキ林を減らすには、問題が山積しています。

伐採する以外の手段として、スギの雄花だけを枯死させるカビが知られており、研究によりそのカビをスプレーすることで80%の雄花が枯死するという結果が得られています。しかし、まだ、実用化には至っていません。このカビの散布に関しては、効果がわかっているのは、スギだけでありヒノキには対応できないこと、カビという生物を使うことのリスクが予測しきれないことなどの懸念があります。また、花粉生産量の増加に加え、都市部ではコンクリートで舗装された場所が増え、花粉が土に付着することなく何度も舞うことも、人が花粉に暴露する機会が増えた原因だと考えられています。

放置されたスギ、ヒノキ林は、林床が暗く、他の植物や動物にとっても、生息しにくい森林であると言われます。生物多様性の面からも、放置された人工林が日本の森林の多くの面積を占めるのは好ましいことではありません。日本にどんどんスギ・ヒノキの植林が増やされていたころ、何十年後にこれほども多くの人がその花粉に苦しむことになるとは、誰も思いもしませんでした。花粉症は、人間が自然環境に手を加えた結果、作り出してしまった病気と言えるでしょう。自然に手を加えることの影響を予測することが如何に難しく、また、制御不能な事態を起こしうるのかを人類が学ぶ良い例として、花粉症は捉えられるべきかもしれません。