オスが妊娠するタツノオトシゴ
前回は、タツノオトシゴの特異な形態と生態についてお話しましたが、タツノオトシゴは、繁殖の方法も非常に変わっています。
オスが妊娠するタツノオトシゴ
タツノオトシゴのオスは、腹に育児嚢という卵を育てるための袋を持ちます。メスは産卵管をオスの育児嚢の中に差し込んで産卵します。
受精は育児嚢の中で起こります。受精卵の卵殻は育児嚢の中で剥がれ落ち、胚が育児嚢の内膜に埋め込まれます。胚は卵黄嚢の栄養だけでなく、オス親からも栄養をもらって大きくなります。つまり、オスのタツノオトシゴは単に卵を腹の袋に入れて守るだけでなく、子に栄養を与え、お腹の中で育てるため、オスが妊娠すると言われるのです。タツノオトシゴの妊娠期間はおよそ2〜4週間ほどです。出産は、10分以内で終わる場合もあれば、3日ほどもかかる場合があります。出産時の筋収縮は、ヒトの出産と同様にオキシトシンというホルモンによって促進されます。
一度一緒になったら離れないオスとメス
タツノオトシゴの繁殖時期は、生息地域によって異なります。熱帯地域では一年中繁殖を行いますが、緯度が上がると温暖な時期に限定されます。たとえば日本近海に住むタツノオトシゴ Hippocampus coronatus の繁殖時期は7月〜11月頃です。
繁殖期にメスは何度も卵を生みますが、その間にペアを変えることはほとんどありません。オスの妊娠は数週間続きますが、メスはその間毎日近くで生活し、挨拶を交わします。オスの妊娠中にメスは次の卵を用意し、オスが出産すると、短い場合は数時間後には、またメスがオスの育児嚢に出産します。メスが卵を用意するのに必要な期間とオスが妊娠する期間にほとんど差がないため、互いに別の相手を探す労力を払うよりも、同じ相手とはぐれないようにずっと一緒にいるほうが多くの子供を残せるものと考えられます。
また、多くのタツノオトシゴは生息密度が低く(例えば、Hippocampus coronatus では350㎡に1匹)、生息密度の低い種ほどペアの結びつきは強くなる傾向があります。移動能力も生息密度も低いタツノオトシゴにとって、配偶相手に出会うことは容易ではありません。このことも、ペアの強い結びつきを維持する要因であると考えられています。
【参考文献】
Lourie, S.A. 曽我部, 篤 訳. 2018. タツノオトシゴ図鑑. 丸善出版, 東京.