餌だけをおびき寄せる器用な蛾

クヌギの樹液に集まるカブトムシやクワガタムシを捕まえに行った経験のある方は少なくないでしょう。一般的に、樹液は木が傷ついた箇所から分泌されることはよく知られていますが、その「傷」がどのようにして生じるのかについてはあまり注目されません。実は、樹木に意図的に傷をつけて樹液の分泌を促す昆虫が存在するのです。
ボクトウガとは?

ボクトウガ Cossus jezoensis は、ボクトウガ科ボクトウガ属の昆虫です。本種は国外では中国に分布し、国内では北海道から九州の低地から山地に生息します。成虫は6月〜9月頃にみられ、灯火に飛来します。
ボクトウガ科の昆虫は、ほぼ世界中に分布します。特に熱帯や亜熱帯地域に多くの種がみられ、日本では4種が知られています。ボクトウガ科の幼虫は樹木の材に穿孔することから、英語でcarpenterworm カーペンターワーム (大工イモムシ)と呼ばれています。
樹木に樹液を出させるボクトウガの幼虫

ボクトウガ Cossus jezoensis の幼虫は、コナラやクヌギの幹に穿孔し樹液を出させ、やってきた虫を捕食することが知られています。つまり、自分で餌場を用意して、獲物をおびき寄せているといえます。ボクトウガは、移動能力の高い甲虫やチョウの成虫などは捕食せず、基本的にハエや甲虫の幼虫などを捕食すると考えられています。
一般にボクトウガ科の幼虫は、樹木の材に穿孔して材を食べることが知られています。日本に生息するオオボクトウなど他のボクトウガ科の種も、ニレやヤナギ、リンゴなどの材を食べることが報告されています。加えてボクトウガも、昆虫だけでなく材も食べることが知られています。そのため、ボクトウガも他のボクトウガ科の種と同様に、もともとは材食性で、材を食べるために木を傷つけていたところ、樹液が出てきて他の虫が集まり、その虫を食べるようになったのではないかと推察されます。
自分は食べられずに捕食する

樹液に集まる昆虫は、ボクトウガの幼虫にとって無害な昆虫だけではありません。樹液にはスズメバチのような肉食の昆虫も集まります。つまり、ボクトウガは獲物をおびき寄せるのと同時に、天敵までおびき寄せてしまいます。これでは、獲物を捕食している間に自分が捕食されかねません。ところが驚くべきことに、ボクトウガはスズメバチが嫌う臭いを分泌することにより、スズメバチから身を守る手段を持っていることが明らかになっています。