ツボカビに感染したカエルが大量死する問題が世界的に起こり、2006年に日本でもツボカビに感染したカエルが見つかったため、日本のカエルにも壊滅的な被害を受けるのではないかと危惧されました。しかし、それから10年以上経過した現在まで、日本での大きな被害は報告されていません。どうして、世界的に問題になっているカエルの感染症が、日本では問題にならないのでしょうか。今回は、カエルツボカビ症についてのお話です。
ツボカビ症とは?
ツボカビ症は、1998年に発見されたカエルツボカビBatrachochytrium dendrobatidisと2013年に発見されたイモリツボカビBatrachochytrium salamandrivoransによって、両生類に発症する感染症です。カエルツボカビは、カエルの表皮上で、電解質の輸送を阻害し、その結果、カエルのナトリウムとカリウムの血漿中の濃度が低下することが報告されています。感染したカエルには発疹や変色などがみられ、重症になると心不全になり死亡します。ツボカビは、カエルの表皮にあるタンパク質のケラチンを利用して増殖します。カエルは、オタマジャクシの時にはケラチンが口元にしかなく、大人になると体全体に広がるため、それに合わせてツボカビも体中に広がります。両生類の体表面には、ケラチンが存在するため、すべての両生類がツボカビに感染しうると考えられています。
ツボカビ症の被害
カエルツボカビ症によると思われるカエルの大量死が報告され始めたのは1970年代からです。2020年3月時点で、世界で501種の両生類(記載両生類の6.5%に相当)がツボカビ症により減少し、そのうちの90種(18%)が絶滅もしくは絶滅したと推定され、124種(25%)が個体数が90%以上減少したと報告されています。減少した両生類501種のうち、500種がカエルツボカビが原因であり、1種がイモリツボカビが原因です。
減少した両生類の種数を地域別にみると、多い地域順にメキシコおよび中米で228種、南アメリカで150種、ブラジルで50種、オセアニアで44種、アフリカで14種、北アメリカで10種、ヨーロッパで5種です。アジアでは、ツボカビによる両生類の減少は、報告されていません。
日本ではどうしてツボカビ症の被害が大きくならなかったのか。
カエルツボカビは、2007年に日本でも野生のウシガエルに感染していることが判明し、その後の調査でヌマガエルやニホンアマガエル、ツチガエルなどにも感染している個体がいることが判明しました。しかし、大量死が起こった種はありませんでした。
この理由については、カエルツボカビがもともとどこで発生したのかということが関与していると考えられています。DNA解析でカエルツボカビ症を世界で発生させているカエルツボカビ菌の遺伝子型は、20世紀初頭に朝鮮半島で出現し、世界中に広まったことが明らかになりました。朝鮮半島は、カエルツボカビの遺伝的多様性が他の地域に比べて高く、日本もカエルツボカビの遺伝的多様性が高いことがわかっています。これらのことから、アジア地域では古くからツボカビとカエルが共存してきたと考えられます。このため、アジアに生息する両生類はツボカビに感染してもそれほど重症化しないような耐性をすでに獲得していること推察され、これがアジア地域でカエルツボカビによるカエルの大量死が確認されていない原因ではないかと考えられています。
カエルツボカビはどのようにして世界中に広まったのか。
ツボカビは目に見えないほど小さく、また、感染していても症状のないカエルもいるため、いつどの地域に入ったのかについて正確に知ることは非常に難しいです。そのため、ツボカビの移入経路に関しては、はっきり特定されていません。ウシガエルやアフリカツメガエルのような食用、実験用のカエルが世界中に運ばれ養殖されていること、1950年の朝鮮戦争の際に大量の人が移動したこと、世界的に野生種をペット用として取引していることなどが、ツボカビが世界中に拡散した原因ではないかと考えられています。また、ザリガニがツボカビの保菌者になることが判明しており、ザリガニも食用や愛玩用として世界中で取引されているため、そのことがツボカビを拡散させている可能性も示唆されています。
[参考文献]
Scheele BC, Pasmans F, Skerratt LF, et al. Amphibian fungal panzootic causes catastrophic and ongoing loss of biodiversity. Science. 2019;363:1459-1463. doi:10.1126/science.aav0379
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