テングザルについて
このサルは、名前の通り、天狗のような長い鼻を持ちます。オスもメスも鼻が伸びていますが、オスの鼻の方が立派です。研究によると、立派な鼻を持つオスの方がモテるそうです。また、声を出す際に、鼻が共鳴管の働きをすると言われています。
テングザルは、ボルネオ島の固有種であり、大きな川の周辺でのみ生活をするため、生息域はかなり限られています。テングザルが奇妙なのは、その見た目だけではありません。サルでありながら、葉っぱをたくさん食べます。
葉っぱを食べるテングザル
植物にとっての葉と果実
このことが如何に特殊なことなのかを知ってもらうために、ここで少し、植物の戦略についてお話します。種子の散布を動物に頼る植物は、一般的に美味しくて食べやすい果実を生産して、その果実に赤や黄色などの派手な色を付けて目立たせ、哺乳類や鳥を呼んで果実を食べてもらい、種子を散布してもらいます。ですが、葉っぱは、植物が光合成をして栄養分を作り出すために付けているもので、動物に食べられても何も良いことはありません。植物にとって葉っぱは、決して食べられたくないものです。そのため、葉っぱは、毒をいれたり、葉っぱ自体を硬くして消化しにくくしたりして、動物に食べられないように工夫しています。
葉と果実の採食
以上のことより、同じ植物を食べるにしても、果実を食べるのと葉っぱを食べるのとでは、圧倒的に果実を食べる方が消化にかかるコストが小さいのです。一方、食べ物の見つけやすさを考えますと、果実よりも、葉っぱの方が圧倒的に容易です。果実は、年がら年中ついているわけではありませんし、数も限られています。葉っぱは木があればついていますから、圧倒的に探索のコストが小さいです。
消化コストと引き換えに、探索コストを下げたテングザル
サルの仲間の多くは、探索のコストと引き換えに消化のコストを下げる。つまり果実を食べるという選択をしてきました。しかし、テングザルは、サルでありながら、葉っぱを食べるという選択をしました。
テングザルが含まれるコロブス亜科のサルは、
- 3〜4つにくびれた、反芻動物のものと似た胃をもつ。(テングザルは反芻もする。)
- 腸にセルロースが分解できるバクテリアがいる。
- いろいろな種類の植物の葉を少しずつ食べる(生息地によっては、数種の植物の採食のみで生存可能)ことによって、特定の毒素を摂取しすぎないようにする。
という特徴をもっています。これらのことにより、他のサルが、食べられない葉を食べることができるようになりました。しかし、一度この特性を獲得してしまったテングザルは、悲しいことにたとえ毒が少なく栄養が多い熟れた果実が目の前にあっても食べられないようです。というのは、彼らの胃に住んでいるセルロースを分解するバクテリアに糖を与えると、発酵が急速に進んでしまいます。発酵により発生した大量のガスによって胃が膨らんでしまい、時には死に至るようです。
テングザルは、生息域がボルネオ島の低地の水際と限られており、寝るときは川の付近に集まってくるという習性をもっています。
この理由については、捕食者であるウンピョウに襲われた際に川に飛び込むことができる。川辺は気温が低く眠りやすい。などの仮説がありますが、検証はされていないようです。この習性があるため、夕方に川をボートで移動するとかなり高確率でテングザルを見ることができ、ボルネオ島では、野生のテングザルを見る観光ツアーもあります。
しかし、生息地が減少していることにより、絶滅危惧種になっています。
テングザルが生息するキナバタンガンでは、周辺の森林がアブラヤシのプランテーションになり、ここ20年ほどで水が非常に濁るようになってしまったそうです。
参考:松田一希(2012)テングサル 河と生きるサル 東海大学出版会