雑草の中には、生態を変えることによって人が作った環境でうまく生き延びているものがあります。今回は、水田や畑に生えるスズメノテッポウの生存戦略についてのお話です。
スズメノテッポウとは?
スズメノテッポウ Alopecurus aequalis はイネ科スズメノテッポウ属の越年草です。背丈は20cm〜40cmほどにしかならず、イネ科の中では小型です。地中海沿岸原産と考えられていますが北半球の温帯に広く生育しています。日本にも北海道から沖縄まで分布し、史前帰化植物であると考えられています。水田や湿地、畑地に生育します。
雑草にとっての水田と畑の環境
畑地も水田は、雑草にとっては大きく異なる環境です。
水田の環境
水田は基本的に毎年同じ時期に水が入れられ、水が抜かれます。水田に生育する水生植物以外の雑草は、水が抜かれている時期しか生育することができません。しかし、水が抜かれる時期は決まっているため、そこに生える植物は毎年同じ時期に水がなくなったことを合図に、発芽・成長することが可能です。ただし、暖かくなってから、水田に水が入るまでの短い期間に種子を生産する必要があります。
畑の環境
畑地は水没することはないため、そこで生育可能な植物であれば、気温や降水などの条件が整えばいつでも生育できます。しかし、水田と異なり、耕作のサイクルは一定ではありません。そのため、雑草は、畑を耕すためにいつ引き抜かれてしまうかわかりません。
水田と畑の環境に応じて作る種子を変えたスズメノテッポウ
上記のように、水田と畑では雑草にとって大きく異なった環境ですが、スズメノテッポウは種子の生産様式を変えることによってそのどちらにも生育しています。
スズメノテッポウの水田型
- 大きい種子を少しだけ作る。
- 種子の休眠が、夏期の高温・低酸素分圧で解消され、水田の水がなくなった後、速やかに発芽する。
スズメノテッポウの畑型
- 小さい種子をたくさん作る。
- 発芽条件は種子によってバラバラで、長期間に渡って連続的に発芽する。
植物は種子生産に使える資源量が同じでも、大きい代わりに少数の種子を作るというのと、小さい代わりに大量に種を作るという異なる生存戦略を取ることができます。大きい少数の種子を作る場合は、その少数の種子が高確率で生き残り、次世代を残すまで成長できる環境であることが必要です。一方、小さい大量の種を作る場合は、一つの種子が持っている栄養が少ないため成長が遅く生存率が下がる可能性がありますが、種子の数が多いため、様々な環境に多様な遺伝子を持った種子が拡散できる可能性が高まります。
スズメノテッポウの水田型で種子が大きく数が少ないのは、毎年同じような環境で同じ時期に成長できる水田では、遺伝的な多様度が高い種子を生産することの利益が小さいためであると考えられます。一方、発芽した種子が急速に成長し、他の植物との競争に勝つ必要があるため、種子の数が少なくても一つの種子を大きくすることで栄養を多く保持し、成長速度を速くする方が、生存率が高くなると考えられます。
一方畑型の種子が小さく数が多いのは、予測困難な撹乱に対応できるように、多様な形質を持った種子をできるだけ多様な環境にばらまくことによって、運良く生育できる子孫を残せる可能性を高める戦略をとっているためと考えられます。
また、水田型は、種子の休眠は夏期の高温と水没による低酸素分圧で解消され、水が引いた途端に芽を出して成長できるようにしています。一方、畑型では、最も成長に適した時期が定まらないため、種子の休眠解消、発芽の条件をバラバラにして連続的に少しずつ芽を出すことによって、一斉に芽を出して全滅するリスクを下げていると考えられます。
このようにスズメノテッポウは、生育場所に応じて異なる種子生産様式や、発芽形質を有することで、幅広い環境で生育することを可能としています。
[参考文献]
根本正之, 富永達. (2014). 身近な雑草の生物学. 朝倉書店