海を行き来する船は、非意図的に多くの生物を運びます。今回は、前回に引き続き海の外来生物のお話です。船によってどのような生物が運ばれ、世界中でどのような問題を起こしているのかについてお話したいと思います。
船が運ぶ外来生物
船による外来種の運ばれ方は2通りが考えられます。
一つ目は、付着生物が船体にくっついて運ばれる方法です。海藻やカキといった自ら船体に付着するものだけでなく、カニ類や魚類のように移動能力を持っていても、船体に付着した生物を棲家にしているものは付着生物に含まれます。ドイツの湾で行われた研究によると、船体に付着して運ばれる種のうち、最も多いのがフジツボの仲間で、全体の6割以上を占めていました。
フジツボは、固着力が強く、また、硬い殻を持っているため、船が走ることで起こる水流に耐えられると考えられています。船にこれらの生物が付着すると、抵抗が増えるため、燃料費もかさみます。そのため、近年ではより有効な防汚塗料が船に塗られるようになり、これらの船体付着による生物の移動は、以前よりも少なくなったと考えられてはいますが、それでも現在もなお付着するものがおり問題視されています。一方、防汚塗料そのものについても、海洋生物に与える悪影響が懸念されています。
2つ目は、バラスト水によるものです。バラスト水は、船が、積荷を降ろしたあとに重しとして乗せる海水のことです。船の重量を重くすることによって、大きな波で船が転覆するのを防ぎます。船は、荷物をおろした時に海水を取り込み、荷物を積み込む時に海水を排出します。その結果、輸入を多く行う地域の海水が、輸出を多く行う地域の海へ運ばれるという一方的な海水の運搬が起こります。日本は、船による輸送は輸入が多いため、日本の海には、バラスト水によって運ばれてくる外来生物は、船体付着によって運ばれてくる生物に比べて非常に少ないと考えられています。一方、船による輸出が多い地域の海では、バラスト水によって運ばれたと考えられる外来生物が多く見つかります。
どんな生物がバラスト水によって移動するのか
バラスト水の吸込口にはスクリーンがついているため、吸い込まれる生物は、数センチ以下のものに限定されます。そのため、吸い込まれる生物のほとんどがプランクトンです。大型の生物であっても、幼生や卵であれば、非常に小さいため、バラストタンクに取り込まれる可能性があります。また、バラスト水の吸込口は、船の底についているため、浅い海では、海底に住む小さな底生生物を多く取り組むことがあります。バラストタンク内は、光が差さず、水温も変化するため、多くの生物にとって、生存しにくい環境になります。また、放出された場所では、塩分濃度や生物相がもともとの環境とは大きく変わることも多いです。バラスト水によって運ばれ、運ばれた先で定着する生物は、そのような環境の変化に耐えることができる生物です。
バラスト水により環境が大きく変わった海
クラゲの幼生もバラスト水によって運ばれます。黒海では、1980年代の初頭に、北米の東方沿岸域から西インド諸島にかけて生息するクシクラゲの一種ムネオプシス・レイディー(Mnemiopsis leidyi)がバラスト水によって運ばれたと考えられています。侵入先で大量に増殖したムネオプシス・レイディーは、魚の卵や仔魚、動物プランクトンを大量に食べたため、それらを餌にしていたカタクチイワシ類が激減しました。また、動物プランクトンが減ったことで、それまで動物プランクトンに食べられていた植物プランクトンが増殖し、水質が非常に悪くなりました。こうして、ムネオプシス・レイディーの侵入後、3年ほどで黒海の環境が大きく変化しました。その後1997年に、黒海では別種のクシクラゲであるベロエ・オバータ(Beroe ovata)が、おそらくまたバラスト水によって侵入しました。ベロエ・オバータは、ムネオプシス・レイディーの捕食者であったため、ムネオプシス・レイディーを食べ尽くし、その後、食べ物がなくなったベロエ・オバータも激減したため、奇跡的に以前黒海に住んでいた生き物がまた数を増やし、もとの生態系に戻りました。
黒海に隣接するカスピ海でも、ムネオプシス・レイディーが侵入しました。そこで、ベロエ・オバータを積極的に導入しましたが、ベロエ・オバータはうまく増えませんでした。その結果、動物プランクトンがムネオプシス・レイディーにどんどん捕食され、カスピ海のイワシ類が激減し、それを食べるカスピ海固有種のシロチョウザメやアザラシが激減しました。
このように、バラスト水による生物の移動が、移動先の生態系を不可逆的に大きく変えてしまう事例が報告されています。
【参考文献】
日本プランクトン学会・日本ベントス学会編(2009)『海の外来生物 人間によって撹乱された地球の海』東海大学出版会