トマトの意外な話

///トマトの意外な話

トマトの意外な話

2021-07-23T13:59:21+09:00 2021年7月24日|Categories: ALL 生物|Tags: , |
アバター

梅雨が終わって日差しが強くなり、トマトが色づき始めました。トマトは、現在ではすっかり野菜として定着している植物ですが、実はヨーロッパでは約200年間観賞用の植物として栽培されてきました。今回は、そんなトマトのお話です。

トマトは多年草

トマト

日本の家庭菜園では、春に苗を植えて夏に収穫し、冬になると枯れてしまうため、一年草のイメージがある方が多いかもしれません。ところが、年中暖かい熱帯地域では多年草です。高さ3mほどになることもありますが、自立する能力がそれほど高くないため、背丈が高くなると茎からも根っこを出して、地面の上を這うように成長します。

トマトの茎

毎日茎が濡れていた梅雨の時期に、茎から根が出始めた。

ヨーロッパでは観賞用として栽培されていた

トマト

原産地は、ペルーのアンデス高原です。人類がいつ頃栽培を始めたのかについてはよくわかっていませんが、遅くとも紀元前5世紀にはメキシコのアステカ族が栽培をおこなっていたと考えられています。16世紀にスペイン人がメキシコからヨーロッパに持ち込み、観賞用に利用され、広く食用になったのは、19世紀以降です。アメリカには、18世紀末にヨーロッパから、アジアへはスペイン人によってフィリピンに持ち込まれ、17世紀中頃からマレーシア東部で栽培されるようになりました。日本へは、17世紀にオランダ人によって観賞用として持ち込まれました。19世紀に食用に品種が欧米から導入されましたが、当初は独特の味が日本人には受け入れられませんでした。その後、品種改良が進んだことにより徐々に受け入れられるようになり、第二次世界大戦後に急激に需要が増加しました。

有毒だと思われていた

トマト

ヨーロッパに持ち込まれた頃、トマトは「poison apple (毒リンゴ)」と呼ばれ、有毒だと思われていました。というのは、貴族がスズと鉛の合金で作られた食器でトマトを食べ、トマトの酸により溶け出した鉛で中毒になるということがよく起こったからです。人々は、食器の鉛ではなくトマトが原因だと信じていました。鉛中毒が原因であったことが判明した後も、ベラドンナという有毒植物にトマトが似ていたことから、トマトにはやはり毒があると思われ続け、ヨーロッパでは約200年間観賞用にのみ使用され、食用として利用されませんでした。

日本の夏は暑すぎる

トマトの花

トマトの花

家庭菜園では真夏に真っ赤なトマトが沢山実りますが、実はトマトの栽培に最適な環境は、昼間の気温が20℃〜25℃くらいの気候であると言われています。日本の夏は、ほとんどの地域で30℃を超えるため、トマトの栽培には暑すぎます。そのため、夏には北海道で栽培されたものが多く出回り、日本で最も生産量の多い熊本でも、夏だけは収穫を行いません。